動物がんクリニック東京

脾臓血管肉腫の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 犬の脾臓腫瘍の約50%は悪性であり、悪性腫瘍のうち約50%が血管肉腫である。脾臓の血管肉腫で多く認められる症状には、「急な元気消失、呼びかけに反応が薄い、起立できない、ふらつき」などがありこれらは、脾臓血管肉腫の破裂により腹腔内に出血が起きた際に認められることが多い。脾臓血管肉腫はゴールデンレトリーバーやラブラドールレトリーバーなどの大型犬に多いことが有名であるが、日本ではダックスフントやトイプードルなどの小型犬の飼育頭数が多いため小型犬にも多く認められている。今回、腹腔内出血を伴う脾臓血管肉腫の雑種犬において脾臓摘出後、化学療法を実施し良好に経過している症例を報告する。

症例

犬 Mix 11歳 オス去勢済み 主訴:今朝急に元気がなくなり、あまり動かない。かかりつけ医院を受診しエコー検査で脾臓に腫瘤が認められた。

既往歴:特になし

体重15kg(BCS3/5) 体温38.6℃ 心拍数150回/分 呼吸数30回/分 一般状態   :活動性50% 食欲30% 意識レベル 正常 一般身体検査 :粘膜色ピンク CRT<1sec 体表リンパ節腫大なし 腹部超音波検査:腹水が認められる。脾臓では脾尾部に6×6cmの腫瘤が認められ、腫瘤は境界不明瞭、内部不整で混合エコー所見である。(図1、2) 心臓腫瘤は認められない。 血液検査:軽度貧血、血小板数正常、血液凝固系正常

診断

・脾臓腫瘍の破裂 現在出血は止まっている

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図1 脾臓超音波検査 辺縁不整な腫瘤が認められる

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図2 超音波検査 腹水の貯留が認められる

治療

 初診時意識レベルも正常であり、活動性の出血は止まっていると判断し、入院にて点滴治療を実施。第2病日、脾臓摘出を実施した。 脾臓は腫瘤周囲に大網が癒着し、止血されていた。(図3) 常法通り脾臓摘出を行い、閉腹した。(図4)経過は良好であり第4病日退院した。病理診断は脾臓血管肉腫であり破裂していたことからステージ2と診断した。  抜糸後、化学療法としてドキソルビシンの投与を実施し、合計6回の投与後、明らかな肝臓転移などは認められなかったため、ミトキサントロンに変更し化学療法を継続した。現在脾臓摘出から約7か月経過しているが、経過良好である。

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図3 脾臓に分布する血管を処理している 脾臓の尾側に腫瘤がある

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図4 摘出した脾臓 右側が腫瘤で破裂している

考察

脾臓腫瘤は比較的多く認められる腫瘤であるが、全てが悪性腫瘍ではなく約50%は良性病変である。しかし、破裂し腹腔内出血を呈する場合にはその約70%は悪性と言われており、破裂を伴う脾臓腫瘤は悪性が多い。脾臓血管肉腫は予後の厳しい癌の代表であり、脾臓摘出のみで平均生存期間中央値が約1~2か月、脾臓摘出+化学療法を実施した場合は約6ヵ月と報告されている。このように血管肉腫は化学療法が奏功することが証明されている悪性腫瘍の数少ないうちの一つであり、術後に化学療法を実施することは有効である。しかし、化学療法を実施しても1年生存率は10%未満と非常に厳しい予後であり、世界的に新たな治療方法が望まれている犬の悪性腫瘍の一つでもある。今回、術後にドキソルビシンを計6回投与し、その後はドキソルビシンの蓄積性心毒性を回避するためにミトキサントロンに変更した。血管肉腫の化学療法にはドキソルビシンを軸とし、他の薬剤を併用する方法が複数報告されているが、ドキソルビシン単剤との有意差はないことから、現在でも犬の脾臓血管肉腫に対する化学療法剤はドキソルビシン単独治療が標準治療となっている。