動物がんクリニック東京

肺腺癌の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

犬の肺がんは比較的稀な腫瘍であり、発生率は全腫瘍の1%未満である。多く認められる症状には発咳、元気低下、体重減少、頻呼吸などがあるが、初期には無症状であり健康診断で偶発的に発見されることも多い。肺の1か所に限局し、転移がない場合の治療は手術が第1選択であるが、リンパ節転移や病理学的に高悪性度の場合には術後に化学療法を実施する場合もある。今回右肺後葉に発生した孤立性の肺腺癌に対して肺葉切除を実施した症例を報告する。

症例

犬 ミニチュアダックスフント 12歳 メス避妊済み 主訴:発咳を主訴にかかりつけ医院を受診し胸部X線にて肺の腫瘤が認められた。精査・治療を目的に当院を紹介受診された。

既往歴:特になし

体重4.16kg(BCS3/5) 体温37.8℃ 心拍数150回/分 呼吸数60回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :粘膜色ピンク CRT<1sec 体表リンパ節腫大なし 聴診では右肺後葉から捻髪音が聴取される 胸部X線検査:右肺後葉に腫瘤陰影が認められる。腫瘤は3.5×3㎝であり、境界不明瞭である。胸水や肺門リンパ節の腫大は認められない。(図1,2) 胸部CT検査:第5病日 胸部CT撮影を実施した。CTでは右肺後葉に4×3.5×3cmの腫瘤を認めた。腫瘤は気管支を圧迫し一部では気管支内部に侵入している所見も認められた。右気管気管支リンパ節はやや腫大していた。他の肺葉に転移所見は認められなかった。(図3,4)

診断

・肺腫瘍 T1N1M0(術前診断)

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図1 右肺後葉に腫瘤陰影を認める(点線)

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図2 右肺後葉に腫瘤陰影を認める(点線)

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図3 CT像 腫瘤の一部が気管支内に侵入している(赤矢印)

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図4 CT像

治療

第14病日肺葉切除を実施した。アプローチ方法は右第6肋間開胸とした。常法通り開胸した後に右肺後葉と横隔膜をつなぐ間膜を切開し、肺葉を横隔膜より遊離させた。バイポーラにて肺門部の間膜処理を行い、肺動脈、肺静脈を結紮離断した。その後気管支を処理し右肺後葉切除を行った。切除後のリークチェックにて気管枝の損傷がないことを確認し、次に気管気管支リンパ節を切除した。胸腔ドレーンを設置し、閉胸した。術後の経過は良好であり術後3日目にドレーンを抜去し退院した。術前に認められていた頻回の咳は消失し、良好なQOLが得られ、第120病日現在再発や転移は認めれらていない。(図5~10)

病理結果

肺腺癌 完全切除 リンパ節 転移なし T1N0M0(術後TNM分類)

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図5 術前写真 右胸壁を広く剃毛している

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図6 胸腔アプローチ 皮膚と皮下組織を切開している

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図7 右肺後葉をけん引している

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図8 肺門部で血管、気管を処理している

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図9 肺葉切除後

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図10 摘出した検体

考察

肺がんは人で発生が多く、日本人の死因3大がん疾患のひとつであるが、犬や猫ではまれである。しかし高齢犬では健康診断などで偶発的に発見され発見時には比較的大型に進行していることも多いため、早期発見のために定期的な胸部X線撮影などが重要である。犬の肺がんは予後因子が多く報告されている癌の一つであり、それには「腫瘍の大きさ、発生部位、病理組織分類、症状の有無、リンパ節転移の有無」などが挙げられる。これらの予後因子が悪い場合は生存期間が1~2か月であるのに対し、予後因子が良い場合は1年半以上の生存期間が報告されている。本症例では発咳が認められ、5cm以上の大型の腫瘍であり負の予後因子を有していたが、術後発咳は消失しQOLが非常に改善したことから、例え負の予後因子が認められた場合でも手術適応のステージである場合は肺葉切除を実施することは有効である。肺腫瘍の手術においては胸腔内という限られたスペースでの操作になるため的確なアプローチを計画する必要がある。そのためには術前にCT撮影を行い発生している肺葉の位置や転移の有無、リンパ節腫大などを把握することが必須である。肺後葉切除の場合、第5もしくは第6肋間アプローチが実施されるが、肺と横隔膜をつなぐ間膜処理には第6肋間の方が容易にアプローチできるため当施設では第6肋間アプローチを実施することが多い。