動物がんクリニック東京

副腎皮質腺癌の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 犬の副腎皮質腺癌は副腎に発生する腫瘍の代表的なタイプであり、ステロイドホルモンを過剰に産生する機能性腫瘍と、産生しない非機能性腫瘍に分類される。ステロイドホルモンを過剰に産生することで、多飲多尿や全身の脱毛、多食、皮膚の菲薄化、糖尿病、白内障、血栓症などを呈する症候群を副腎腫瘍性クッシング症候群という。今回犬の副腎皮質腺癌に対して外科治療を行い良好に経過している犬の1例を報告する。

症例

犬 チワワ 10歳 メス 避妊済み 主訴:2か月前からの多飲多尿とトリミングサロンで毛が生えないことを指摘されてかかりつけ医院を受診。エコー検査で右副腎の腫大が認められた。ACTH負荷試験:コルチゾール値pre5.0 POST46.8㎎/dl

既往歴:特になし

体重3.3kg(BCS3/5) 体温38.2℃ 心拍数104回/分 呼吸数30回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :頭部から下の被毛が薄い。その他特記すべき異常所見なし 血液化学検査:ALKP1225U/L以上 血液凝固系検査:TAT含め正常値 胸部X線検査:特記すべき異常所見なし 腹部超音波検査:右副腎は約2.0*1.5cm、内部混合エコー所見 辺縁は明瞭 明らかな後大静脈浸潤なし。左副腎は正常大。 その他諸臓器に特筆すべき異常所見なし。

診断

副腎腫瘍性クッシング症候群

プラン CT撮影を実施し外科適応の判断を行う

治療

CTにて腫瘤は右副腎に位置し、肝臓尾状葉尾状突起との境界は不明瞭であったが、後大静脈への浸潤は明らかではなかった。またリンパ節や肺転移所見は認めなかったことから、外科適応と判断した。(図1)副腎腫瘍性クッシング症候群に対する外科治療や内科治療の選択肢を提示しご家族は外科治療を選択された。第22病日手術を実施した。 アプローチ方法は腹部正中切開および傍肋骨切開を行った。肝尾状葉と右腎領域をつなぐ肝腎間膜を処理し、右副腎を露出した。(図2)副腎の尾側は正常な肉眼所見であったが、頭側領域が赤色の腫瘤となっており、肝尾状葉にめり込んで存在していた。尾側領域から後腹膜を切開し、周囲の細動脈や脂肪組織を処理しながら副腎を露出させ、副腎の尾側から流入する前腹静脈を結紮離断した。さらに後大静脈側との分離、副腎頭側と肝尾状葉との癒着を剥離し、最後に副腎から後大静脈側に流入する横隔腹静脈をチタンクリップにて封止し離断、右副腎を摘出した。(図3~5)術後経過は良好であり、4日目に退院した。

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図1 CT画像 赤点線で囲まれた部分が右副腎腫瘤である

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図2 赤点線の部位が露出した副腎 大部分が肝尾状葉に隠れている

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図3 周囲組織を剥離し大部分が露出した右副腎

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図4 横隔腹静脈をチタンクリップで封止した

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図5 副腎摘出後 後大静脈が露出し、副腎が癒着していた肝臓尾状葉臓側面が陥没している

病理診断

副腎皮質腺癌

考察

 犬の副腎腫瘍は75%が副腎皮質由来で23%が副腎髄質由来と報告されている。さらに副腎皮質腫瘍では57%が悪性の腺癌、39%が良性の腺腫であり、4%が過形成である。本症例では腫瘍の静脈内伸展はなかったが、副腎皮質腺癌の20%で後大静脈や腎静脈、横隔腹静脈に伸展すると報告されており、約50%で他の臓器への転移が発生するといわれている。転移の好発部位は肝臓と肺である。機能性の副腎皮質腫瘍に対して外科治療を行った場合、生存期間は3年を超えるという報告がある。一方手術ではなくトリロスタンによる内科管理を行った場合には生存期間中央値が353日と報告されている。つまり機能性の副腎腫瘍は、手術をしないからと言って予後が非常に悪いわけではなく、緩徐に進行する腫瘍疾患であるため、手術をするメリットとデメリットを熟慮し、治療方法を選択するべきであると言える。  治療法を選択する上で重要なのが、症例の年齢、摘出可能かどうか、内科管理でコントロール不能なのか、などを考慮する。特に最も重要なのが、機能性か非機能性かであり、副腎腫瘍があるからと言っても内分泌異常のない無症状・非機能性である場合にはあえてリスクのある外科治療を行うメリットは少ないと考えられる。本症例では年齢が10歳とシニア初期であり、多飲多尿や脱毛などの症状、高コルチゾール血症が認められるなど機能性副腎腫瘍であったことから外科治療を行うメリットが大きいと判断し外科治療が選択された。  副腎腫瘍の摘出においては、周術期管理が最も重要である。高コルチゾール血症がある場合には術前にトリロスタンを約2週間内服することで、高コルチゾール血症が原因となる血栓傾向を安定化させる。また副腎摘出後は逆に体内の副腎皮質ホルモンと副腎髄質ホルモンが足りなくなるため、これらを適切に補充する必要がある。これら副腎ホルモンを補充しないとアジソン病に陥り致命的な状態となることがある。これら副腎ホルモンを徐々に減量していくことで、機能低下をしていた反対側の副腎が正常に機能を回復することを促す。このように副腎腫瘍の手術は術中の大出血などのリスクだけではなく、術後の繊細な管理が要求される手術であり、事前の計画を入念に行う必要がある。